株式会社 龍村美術織物
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龍村美術織物の歴史

染織工芸に対する功績により「芸術院恩賜賞」を受けた初代龍村平藏の創業に始まった龍村美術織物。古代織物の研究およびそれを基盤とする美術織物創作を極め、世界的にその名声をとどろかせる企業にまで発展した当社の歴史を、以下より垣間見ていただければ幸いです。

龍村美術織物の軌跡

一片の錦裂が物語る「東西文化交流」の足跡。世界に名だたる龍村美術織物の復元技術一片の錦裂が物語る「東西文化交流」の足跡。世界に名だたる龍村美術織物の復元技術

法隆寺裂、正倉院裂、そして名物裂。往古の時より残された古代、中世の織物の研究と復元、創作。それは織物の古典を世に問い、織物美術を表現することに心血を注いできた龍村美術織物の創業以来変わらぬ一貫した姿勢であります。

大正末期、初代平藏が当時の帝室博物館より正倉院御物の研究、復元を委嘱されて以来、龍村美術織物は3代にわたって日本、世界を問わず、実に様々な古代織物の復元を手がけてまいりました。
復元は単純にそのものを模倣することでなく、その困難な作業を通じて先人の意匠を学び、さらにそれを今日の創作の糧にすることであります。古きを知ってこそ新たなものを生み出せる「温故知新」の精神のもとに龍村美術織物が復元した文様は、新しい感覚の現代美術織物に生まれ変わり、すでに多岐にわたる製品の中に脈々と息づいております。

真実とは限りなく偽りを廃すること 花樹対鹿文錦

限りなく、過去の真実に近づく作業。それが復元するということです。
いかに真実に近づくかは、いかに偽りを排除するかということでもあります。復元作業は、長い時の流れによって変色、褐色し、当時の風合いを失っている古代織物をもとに、文様の全体構成を細部にわたって、方眼紙上に再現する意匠図の作成から始まります。

花樹対鹿文錦
花樹対鹿文錦
大谷探検隊が発掘した7世紀初の面覆いの錦の小片(左)を復元。中央に「花樹対鹿」の文様を織り出しています。

一方、顕微鏡などを使って織物の組織、糸の種類、染料の種類などを調べ、その結果をもとに制作当時の手法を推定して、可能な限り近い方法で復元いたします。
こうして浮かび上がる古代の美は、新しい感覚の現代「織物美術」に生まれ変わるのです。

草1本の古典に学ぶ

長い織物の歴史の中で、人々は様々な試みや営みをなし、卓越した技術や意匠によって数々の優れた織物を誕生させてきました。
ササン朝ペルシヤの錦、コプトの綴織、漢代の経錦や羅、プレインカの紋羅など、これらの織物は、民族間の文化交流や伝播の中で、さらに多彩な発展を遂げてきたのです。
龍村美術織物は、こうした東西染織の古典の研究を基本とし、日本はもとより遠く世界各地に古代織物を求めて、その格調高い文様や色彩を丹念に復元してまいりました。
「花樹対鹿文錦」「三日月文錦」「天馬文錦」。1912年3次大谷探検隊が、中国・トルファン盆地のアスターナ古墳群を発掘の際に採取したこれらの貴重な古代西域織物も、3代平藏が復元し現代に蘇らせました。龍村美術織物のあくなき織物の研究は、常にこうした「大森林の中の草1本」の古典に学ぶことから始まります。世界最高水準を誇る精巧な技術と鋭い感性で織り成した作品は、国際的にも認められています。

西域文字入三日月文錦 朱地連璧天馬文錦
西域文字入三日月文錦
紺地に白茶の三日月が並んだ文様が印象的。緯錦の小片を復元したもの。
朱地連璧天馬文錦
六弁花を軸に左右対称に向き合う天馬。周囲に連璧文を配した緯錦を復元。

そして新たなる分野へ

一口に織物といっても、それだけで龍村美術織物を表すことはできません。「龍村製」「龍村織」「龍村裂」ブランドとして登録され、称される製品は、衣品としてよりもむしろ芸術品としての域に属する帯地をはじめ、打掛地、ドレス地、大きくは緞帳、タペストリー、室内装飾裂、小さくはバッグやネクタイなど高級雑貨、さらに自動車や航空機のシート地にいたるまで多岐にわたっております。

また、昭和29年、クリスチャン・ディオールによって当社のドレス生地は世界のひのき舞台でデビューし、大好評を博し、わが国の高級絹織物の声価を高め、海外進出の開拓者の役割を果たしております。
歳月をかけて磨き上げられた伝承の技の深みと織物の美を求め続け、龍村美術織物は空間を超えて、常に新たな分野を目指し、国内のみならず、世界に向かって限りない挑戦をしております。

そして新たなる分野へそして新たなる分野へ


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